この前の夕方、涼しかったから少し遠くまでサイクリングをしてると・・
パンッ!!
組員同士の撃ち合い? マジマジ?
どうやら音の原因は僕の自転車のタイヤの破裂だった。周りにいた人も驚いていた。 ゴトンゴトンッ
Oh! あまりに気持ち良くて気づけば自宅から15km程の地点まで来てしまっている。 街中だったからとりあえずセブンまで引いて、まずは一服(-.-)y-., o O
そのまま乗って帰ればホイールが歪んでしまうからそれはない。 では近くの自転車屋をスマホで探し… いや、この時間だと微妙に閉店ギリギリだろうか。 奥さんにアルファードを運転して来てもらお… いや、彼女は基本車を運転するのが苦手だからそれも悪いか・・
じゃあタクシーか電車で一旦帰って・・
ん〜・・
買い物ついでにセブンの店主と話してたら、自転車を置いて行っても構わないと言ってくれたが、僕は自転車を押して帰る事にした。奥さんに電話で事情を話したら「迎えに行く」と言ってくれたが、こういうのもたまには悪くない。
15kmもの距離を、自転車を押し歩くなんて普通なかなかある事ではなく僕にしたって、この世に可愛いく生まれて以来初めての経験だ。
何か?
出発前にもう一服し、日が落ち始めた街中を一人ハンドルを押し歩き始めた。
もう10月だというのにこの日は28度近くまで気温が上がり、街に薄灯りがつき始めてもアスファルトには熱がこもっていた。
自転車を押し始めてすぐに背中や腿のあたりに汗を感じ、薄手のパーカーを脱ぎ、両腕の部分を腰から前に回し軽く結びつけた。
帰りは大通りに沿って帰るのではなく、せっかくだから少し遠回りしながら帰ろうと決めていた。
こんなパンクぐらいでは大した事ではないが、人生には思いもよらないトラブルが続出する時があり、僕はいつもその都度トラブルを解決するまでの過程を楽しむようにしている。
最近ではこれから起こるであろう、ありとあらゆるトラブルに対して事前に予防・防止をしてしまう為、こういった突発的な事態は滅多に遭う事ができず、ここぞとばかりに楽しむしかない。
普段とは見慣れない景色を眺め歩き、疲れたら立ち止まり、腹が減ったら何かを食べよう。
この季節はどこにいても聞こえる鈴虫の響きは最高のBGMになってくれる。
歩き始めてすぐに、僕はふと彼女の事を思いだしていた。
友人の彼女の話
彼女とは、まだ僕が若かった頃に遊んでいた友人の〝菊リン〟の彼女の事だ。
彼女は確か僕らの2コ上だったと思う。
名前は…… 何度思い出そうとしても出てこない。 黒髪のストレートがよく似合うとても綺麗な人だった。
彼女が綺麗なのは、それもそのはず。
確か銀座8丁目辺りだったか… 並木通りからは外れていたが、こぢんまりとした老舗クラブでNo1ホステスとして働いていた。
ただ… 今では彼女の綺麗だった顔はぼんやりとしたシルエットでしかなく、覚えているのは彼女が残した言葉と、やわらかい舌と胸の感触だけしかなかった。
菊リンは色白で背が高く、ケミストリーの堂珍によく似ていて中性的で端正な顔立ちをしていた。性格は穏やかで優柔不断。
一番を狙うというよりは三番がいいというタイプ、育ちも良くあらゆる事に不自由なく育った典型的な性格だ。
「天然」で人を笑わせるのが好きだが、実は大部分は計算でそうしていたのを僕は知っていた。
有名な総合商社に勤めていたが、当然出世欲はなく、係長には推薦でなってしまったが、課長補佐の試験は絶対に受けないと言っていた。
2人の出会いは、彼が仕事の関係で彼女の働くクラブへ数回通い、アフターで関係をもってから、彼の方から付き合いを申し出たという。
僕らは3人で10回程?遊び、食事をしたと思う。最初の数回は菊リンのマンションで、鍋だか彼女の作る料理を食べたような気がする。
彼女はとても物知りで、政治・経済・文学・芸能・芸術・下ネタなどあらゆるジャンルに精通していて、それらを相手のレベルに合わせて上手に聞き話し、またその話しの最中でさえ相手を観察し、更に何かを吸収しようという貪欲さがあった。
そういった彼女の本質が、芸能関係者や財界人の集まるクラブで〝No1ホステス〟という称号を与えていたのだろう。
また、彼女はそういった客達の事を良くも悪くもプライベートで話す事は一切なかった。
それと〝No1ホステス〟という称号も、彼女の口から聞いた事は一度もない。
彼女はよく会話の中で、菊リンへ向けて哲学的な例え話や人生における教訓などを話し、彼もまた素直にそれを聞いていた。
ある時、菊リンが何をやらかし何を励まされていたのかは思い出せないが、その後、僕が彼女の事を思い出す際に必ず目に浮かぶシーンと、彼女の生き方を象徴したような言葉がある。
不安と遊びなさい
いい? 与えられた役目をただこなして毎朝起きて・食べて・寝て… の繰り返しなんて半分死んでるようなものなの。
人は与えられる事に慣れすぎちゃうと本当は与えられてるのに、自分で選択して手に入れてるなんて勘違いしちゃうのよね。 ううん、そう思い込みたいのね…。
そっちの方が楽だし気持ちいいから。
トラブルだってそうよ。
解消して勝手に充実感を得るんだけど、本当はそれも与えられてるだけなのよ。
トラブルはね… サインなの。
生活が上手くルーティンしてる時に人は行動を変えるのがすごく難しいの。
だからトラブルや不安や心配事が起こった時は、チャンスのサインなのよ。
もし命を輝かせたいならイレギュラーを楽しみなさい。
話しの筋は詳細に覚えてないが、大まかにはこんな事を言っていたと思う。
「不安と遊べ」何て表現は後にも先にも彼女からしか聞いた事がなく精神論には違いないが、彼女の生き方・思想・存在証明を確かにしていた。
トラブルを楽しむ・・
別に彼女に影響を受けたつもりはないが、トラブルや嫌な事があるとふと彼女の言葉を思い出す時がある。
普段は全く表面には出てこないが、無意識の深層では彼女の言葉に僕も支配されているのかもしれない。
思わぬ収穫
僕の経験上、トラブルを楽しんで克服するとそれなりの成果や報酬が待っている。今回の報酬の一つ目は、大当たりの酒場を見つける事ができたのだ。
普段、車では絶対に通る事がない裏道、仮に通ったとしても昼間なら「店」という事にも気づかなかっただろう。 マルダイというスーパーの脇にあり、ボロボロに薄汚れた赤ちょうちんが灯ってなかったら確実に足を止める事はなかっただろう。
どう見ても〝予約なしの一見さんお断り〟を感じさせる寂れた店構えだったが、ガタガタする引き戸を開け「端で一杯だけいいかな?」と尋ねた僕に、店主は意外にもあっさりとカウンターレジ横の席を指さした。
適当な盛り合わせと日本酒はどれも驚くほど美味しく、乾ききった喉と胃袋を熱く潤してくれた。
和田龍登水と言えば軽井沢かぁ・・
軽井沢・・
・・・
なぜ僕らは軽井沢でキャンプをしてたんだろう?
あぁ… そうだ。 確か、彼女に銀座の「きよ田」を紹介してもらって、そのお礼に僕が食材を全て用意して3人でバーベキューを・・
そうだ… あの時はまだ僕がアストロに乗っていて、千曲川の河岸まで乗り入れてテントを張って…
まぁバーベキューとは言ってもガスコンロにフライパンだけ持って、僕の特製の味付きカルビをただ焼いて、塩昆布と天かすを混ぜ合わせたおにぎりと、その場で簡単に作ったカルビスープを食べて、テントの中でゴロゴロと話しをしていたんだ。
あの時も鈴虫の音が聞こえていたから季節は秋だったのだろう。
それにしてもここまで情景が浮かんできて、なぜ彼女の名前が出てこないのだろう。
沢山の名前を、霞みがかった彼女の綺麗な顔に当てはめてみても、なぜかしっくりこない。
彼女の顔をハッキリ思い出す事ができれば、「彼女の名前」も思い出せるかもしれない。
彼女の綺麗な顔・・
僕達が途中のコンビニで調達した酒やつまみが少なくなり、テントの中で僕は2人に背を向けて横になり、少しうとうとしながら彼らの話しを聞きながら相槌を打っていた。
僕は目を閉じてどのくらいそうしていただろう
菊リンが何かを言い、入り口のナイロンを開ける音… スニーカーのつま先でトントントンと砂利を叩き川辺の石が踏み擦れる音が遠ざかる ガシャガシャガシャガシャ…… ガシャ ガシャ
トイレに行ったのだろう。
その場所から5分ほど川沿いを歩いて行き、少し開けたアスファルトのスペースに公共の綺麗なトイレがあるのだ。
水の流れる音と鈴虫の音が急にうるさく感じるほどの静寂が続き…
ザザッ と背中から動く気配がしてすぐに右腰にやわらかい手が添えられる感触がした 一瞬息が止まりそうになり薄目を開けたがそれまでと同じように背中で息をして僕はじっとしていた。
しばらく間があいて置かれていた手が尻から腿のほうに移動し上下に軽く撫でながら「もう寝ちゃたの?」っと耳元で囁き同時に彼女の髪が僕の右頬に落ち顔をくすぐった その時になって初めて〝CHANEL No.5〟の香りがして… 僕は以前に「なぜシャネルの5番の匂いを嗅ぐとムラムラするんだろうか」と彼女に話した事を思い出していた
彼女は横向きに寝ている僕を後ろに向かせようと僕の体を引こうとしていたが僕は「うぅん」と頭や両足をわずかに動かしながらまた海老のように体を丸めて元の体勢に戻った。
もし至近距離で彼女と目を合わせてしまったら正気でいられる自信がなかった こういったシチュエーションは一瞬の選択と言葉選びがその後の人生を大きく左右していく
「本当に寝ちゃったの?」と彼女はまた囁き今度はいきなり首の耳下辺りにキスをされそのまま僕の顔を覗き込む体勢になった わずかに唇を離し舌先だけで首を舐められ当然僕はわずかに声が漏れてしまった
彼女の息づかいにはわずかな含み笑いが含まれていて僕が起きているのを当然知ってるという具合で耳から首を舐めながら今度は密着させた体を更に胸を押しつけ指を僕の身体のラインに沿って下へ降ろし今度は僕の腹筋を指で撫でたり爪を立てたりしていた
足を絡ませ耳たぶを軽く吸われそれを舌で転がし僕は完全に彼女のオモチャになっていた 彼女はどれだけ意識を分散し攻める事ができるのだろうか
あの時もし彼女が一口でも酒を飲んでいたら、僕はおそらく振り返る事ができたと思う。
彼女は僕の体の変化にも気づいていたが、最初は決して触ろうとはせず焦らす事を楽しんでるようだった。

砂肝の焼き方は店の個性が出やすいが、僕はやはりプリプリ食感を残しつつ香ばしく焼き上げた塩味が好みだ。
「一杯」と言ったのにあまりにも美味しく、30分以上長居した僕に、店主は「また宜しくお願いしゃす」っと笑顔で送り出してくれた。
外はさすがに肌寒くパーカーを羽織ろうか迷ったが、まだ〝彼女〟の余韻が残ったリビドーは収まりそうになく、人前にはとても出られない体をまだまだ冷やす必要があった。
この日に限って〝彼女〟がこれ程まで僕の中に現れたのは何か…
彼女に何かあったのだろうか。
この世界のあらゆる物はどんなに離れていても必ずどこかで繋がっていて、実は気づかないだけで相互に影響を与え合っているものなのだ。
しかし名前も忘れてしまった〝彼女〟は、果たして僕の事を覚えているだろうか…
けっこう重症なのねぇ
次の日に早速パンク修理をしたのだが、虫ゴムの劣化や裂けぐらいであれば大した事はない。 こんな物はゴムをする要領で先っぽからくるくるくるっと下に…
みたいな?
変態だな
中のチューブが20mmほど裂けていた。
まぁこっちは楕円の大型パッチを貼れば全く問題はない。
問題なのが・・
ガワが25mmくらい裂けていた。
物凄い破裂音がしたのはこの為だろう。
地面にナイフでも突き刺さってたのか??
この裂け目は普通のパッチで修理しただけでは済まなそうだから、大型のパッチに銅線を編み込んでチューブが絶対に外に飛び出ないように内側から補強した。 その補強した外側からゴム用のボンドで水が侵入しないように穴を完全に埋めて乾燥。そのあとでタイヤと同色にペイントして完了。
本当はタイヤ自体を交換したいのだが、このドッペルギャンガーはもう廃盤で新品同色のタイヤを入手するのが不可能な為、騙し騙し直していくしかない。
いっその事買い替えたいのだが、共に過ごした時間や思い出が〝愛着〟となり、つい別れがたくなり、いつもいつも直してしまう。この前はブレーキワイヤーを交換したばかりだが、どうしても経年劣化が目立ってきた。
ふぅ・・
それにしても昨日は本当に美味しかった。 コロナも落ち着いてきたし今度はハッシーでも誘って、またあの店にゆっくり飲みに行こう。
〝遠回り〟をして本当に正解だった。
もし〝彼女〟と出会っていなかったら、あの場末の酒場と出会う事もなかったかもしれない。
人生は最短距離で進めばいいというものではない。遠回りした先にも道はあるし、それた道が正解という事だってある。
どんな「道」も楽しむか楽しまないかは自分次第なのだ。