朝から何となく嫌な予感はしていた。
具体的に何かは説明できないが、どこかモヤモヤした様なスッキリしない気分だ。下半身の辺りのモヤモヤなのか胸の辺りのモヤモヤなのかもよく分からない。とにかくどこか落ち着かない。何かにギュッと胸の辺りを掴まれている様な、足の指一本一本がむず痒い様な嫌な感覚だ
ー今日は何かがあるー
人はこういったある種の感覚を「第6感（シックスセンス）」と呼ぶ事もあるが、僕は生まれつきこの感覚が鋭いらしく、記憶に残っているだけでも3回はこの感覚で自らの命を救われた事がある。
僕のかつての知り合いに、長井という男がいた。異常なまでにプライドが高く、美意識も強くナルシスト。健康と食事に気を使い、ジムで体を鍛える事が趣味だった彼は25歳の時に、海でもう1人の知り合いと共に離岸流に流されてあっけなく死んでしまった。
その日もやはり、寝起きからモヤモヤとした感覚が始まり、サーフボードを車に積み込む時にはそれが耳鳴りに変わり、急きょ僕だけは取り止めにしたのだった。
あの時、僕が無理をしてでも一緒に行っていたらあの事故は起こらなかったのか。それともやはり3人とも死んでいたのか・・・
今となってはよく分からないし、むしろどうでもいいとさえ思っている。「命」に対して執着のない人間が生き続けてしまうというのは皮肉な話だ。
そして今日が彼等の命日だという事と、朝からの悪い予感めいたものが関係していないはずがない。
人は過去、現在、未来のイメージはどこか深いところで必ず繋がり、その大いなる観念は、あらゆる時間を飛び越え相互に影響し合っているものなのだ。
彼等の命日と今朝からの胸騒ぎは決して偶然ではない。必ずどこかで関連し繋がり、今日という日に暗示の様なものを与えている。
彼等の墓参りを済ませ、いくつかの予定をこなし、家に戻って来たのはもう夕刻に差しかかる頃だった。
何か起こるにしても1人の時にして欲しかったが、何事も起こらず車は自宅駐車場に戻ってきてしまった。
本当に帰ってきて良かったのだろうか。今日はホテルにでも泊まった方が良かったのかもしれない。やはりまだ胸のモヤモヤは消えていない。
車から降りると庭から直接玄関に続く通路を進み、ポケットから鍵を取り出した。
郵便受けを軽く覗き、玄関の鍵を2つ開けて扉を開けた瞬間に普段とは違う行動をしてしまったと気づいた。
ー帰宅のチャイムを鳴らしていないのだー
玄関に入ると、リビングの方から微かに妻と子供の遊ぶ声がするが、まだ僕の事に気づいた様子はない。
靴を脱ぎ、スリッパに履き替え廊下を歩いて行くと、僅かに「耳鳴り」を感じ足を止めた。
足を止め、左手で耳を塞いでみたがまだ「耳鳴り」が聞こえる。少したじろぎながらも右足の歩を進めた。
この先に何があるのだろうか？少し嫌な感じがしたがそのままキッチンの扉を開ける。
「おかえり」
机の上に置かれた小包を見て、あぁこれが耳鳴りの正体かもしれないと思った。
荷物は毎日の様に届けられるが、どこか違和感を感じる。宛名や送り主もなしでシンガポールからの小包としか記されていない。
ebayやaliexpressなど海外のECサイトもよく利用してるから、国際小包自体は珍しい事ではないが・・
何かがおかしいと第六感も教えている。
っという事は玄関先に仕掛ける小包爆弾とも違う。それにセムテックスにしては小さすぎる。
いや、家一軒吹き飛ばす程度であればこの大きさで充分か・・・
小包に耳を少し当ててみる
時限発火装置的な音は聞こえない。もし本物の郵便局員が届けてくれたのならば、水銀を使った処理防止装置を施しているとも考えづらい。
うん・・、爆発物の可能性は少なくなってきたがまだ油断をしてはいけない。東南アジアにいる知り合いを何人か思い浮かべてみたが、この家の住所を知ってる人間は1人もいないはずだ。
名前を本名に戻してからは命を狙われるという事はなくなったが、どこかから情報が漏れたのだろうか。
地下室の無菌部屋に運んだ方がいいだろうか・・・
しかし僅か末端のエージェントに炭疽菌を使うとは考えずらい・・・
恐る恐る軽く揺らしてみると紙が擦れるような音がする。56gといったところか・・
この重さであれば小型の装置を仕込んだとも考えづらい。
大きな危険はないと確信し、ダンボールの端をハサミで切り込みを入れてそっと開いてみる。
くすり？？
これダメなヤツだ・・・
で、どうなったの？